PSpice(評価版)でNo−139(もどき)をシミュレーションする


トラ技2月号に、JBL社が1960年代後半に発表したというプリメインアンプSA−600のパワーアンプ部を素材とした「シミュレーションによるフィードバック技術入門」という記事が載っている。

なんともグッドタイミングだ。ちょうどNo−139(もどき)その2の位相補正でちょっと問題が生じたこの際である。そのうち評価版PSpiceでシミュレーションしてみようか、と思っていたところでもあるし、この機に我がTR式完全対称型パワーアンプNo−139(もどき)のシミュレーションをトラ技の記事に習ってやってみようではないか。もしかすると、我がNo−139(もどき)その2が何故長いスピーカーケーブルで発振しかかることがあったのか、あるいは適切な負帰還量がどの辺にあるのか、などということが分かるかもしれない。

と、SA−600の回路も組んでいろいろ比べて試してみると、ちょっと不可思議なシミュレーション結果も出てくるのだが、ま、訳が分からないこともあるので、そっちの方はまたいづれ・・・ということにして(^^;

回路は当然我がNo−139(もどき)その2をベースとする。

が、評価版であるが故に制限があり、回路に描けるTRが10個に限られているので、初段、2段目のカスコードアンプは省略せざるを得ない。このため結果的にオリジナルNo−139のような超シンプルな回路となった。

No−139(もどき)その2をシミュレーションしたいのだからトランジスタはA606やC959,D217などを使いたいのだが、そのライブラリは当然あるはずもないので、トラ技ライブラリで提供された最低限の東芝製TRで我慢する以外にない。トラ技の記事にもあるように絶対最大定格を超えても問題なくシミュレーション出来るので、シミュレーションするぶんには問題ないのだが、TRが違えばHieとかHfeとかCobとかは大分異なるので違うTRを使ったシミュレーションでは実際の場合とはかなり違ってくることが予想される。ま、HieとかHfeとかはどうしようもないので諦めることとして、高域特性に一番影響すると思われるCobについてだけ外部にCを付加することで現実に少しでも近づけてみることにしよう。

初段のK30はカスコードの有無で有意の差が生じるとも思えないし、オリジナル139はそもそもカスコードは付いていないのでそのままとする。

2段目はA1015なのだが、規格ではCob=4pFだ。制約上カスコードが付けられないのでここではCobが小さいのは好都合だ。ここでB−C間に1pFを外部接続すれば、我が139(もどき)のように2段目にカスコードを付加して位相補正に5pFを付けた場合と同様になるだろう。
さらに問題はこれで2段目が電流出力になるかどうかだが、パワーアンプの場合終段上側の入力インピーダンスは、終段の電流ゲインを概算で1000倍としても負荷が8Ωと低いので8×1000=8KΩ程度と思われるので、普通の小信号用PNPTRであれば電流出力状態になるだろう。実際オリジナルNo−139はこういう回路だ。

終段ドライバーはC1815である。本来最大Ic値からして無理な選択だがシミュレーションでは絶対最大定格を超えても問題ないのでこれでよいのだ。が、そのCobは2pFであるのでCob50pF(最大値)のC959の代用としては特性が良すぎる恨みがあるので、これもB−C間に30pFを外付けしておく。

終段のパワートランジスタはD880という聞いたこともない東芝製TRである。規格を見るとPc=30W、ft=3Mhz、Cob=70pFという余り立派とは思えないものであるのだが、まあ文句を言ってもしょうがない。D217のCobは不明なのだがD188が150PFなので、それ並みと言うことでB−C間に100pFを外付けしておこう。

で、シミュレーションする回路は下のようになった。果たしてNo−139(もどき)その2のシミュレーション回路として適切なものになったかどうかは分からないが、まあ良かろう(^^;

直流特性は実際の回路のように初段ソース抵抗と2段目共通エミッタ抵抗を調整して一応調整済みだ。
オープンゲインでの状態を見たいので当然負帰還は掛けない。

さあ、早速アンプ出力に電圧(db)プローブと電圧(位相)プローブを取り付けて、アンプ入力に1VACを加えて、アンプ利得と位相の周波数特性を見てみよう。(^^)



RUNすると、アッという間に結果が出る。それが下のグラフ。

グラフの縦軸にはスケールが2つあり、左側の「1」が電圧ゲイン(db)のスケールであり、右側の「2」がその電圧の位相特性のスケール(度)である。横軸は勿論周波数だ。
グラフ内の線は、グラフ下の凡例でVBDというシンボルのものが電圧ゲイン(db)の線で、VPというシンボルのものが位相特性の線である。

このシミュレーション結果によれば、

このアンプのオープンゲインは低域で67dbである。
第1ポール(位相が45°遅れる点)は23kHzである。
第2ポール(同じく135°遅れる点)は3.8MHzである。
従って、いわゆるスタガー比は165である。
このため、負帰還を掛けても安全な帰還率はその半分で約83=38dbまでである。

故に、このアンプでは負帰還を掛けて使う場合、67db−38db=29db以上のクローズドゲインに設定する必要がある、ということになる。
実際グラフで帰還率38dbになるポイントを見ると1.5MHz付近でその付近では位相が115°程度遅れており、安全圏が位相遅れ120°以内とするとなるほどこの辺が限界であることが分かる。

あれま、思いがけずも今回の我がNo−139(もどき)その2でのアクシデントを説明できそうな結果になってしまった。

すなわち、当初設定していたクローズドゲイン26dbではちょっとスタガー比が足りず、結果容量負荷がぶら下がったような場合に不安定になることもありうる状態だったということだ。これを改善するには第1ポールをもっと下げてスタガー比を稼ぐか、クローズドゲインを例えば32dbに上げて所要の位相余裕を確保すればよい、という訳で、なんと、実際にもそうしたことにより安定になったではないか。

う〜ん、となるとこのシミュレーション、信頼して良さそうかな?(^^)






と信頼する前に、本当か?と、これで終段がエミッタ接地動作の完全対称動作をしていることがシミュレーションでも得られるものなのか、試してみた。
パラメトリック解析を使って負荷が2Ω、4Ω、8Ω、16Ωの場合のアンプ利得と位相の周波数特性をシミュレーションしてみたのが下である。
利得のグラフは上から負荷16Ω、8Ω、4Ω、2Ωで、位相のグラフは逆に上から負荷2Ω、4Ω、8Ω、16Ωだ。

カスコードも電流帰還もなくて2段目の出力インピーダンスがやや足りないためか利得が負荷に比例した6dbステップになっていないが、これであればエミッタ接地動作の完全対称動作がシミュレーションされていると言えるだろう。

K先生の実測オープンゲイン特性図でもこういうグラフがよく見られる(位相特性の方は旧約聖書の頃以来出ることはなくなったが)。



では、29db以下のクローズドゲイン設定ではどこに問題が出てくるのか。負帰還を掛けた場合にシミュレーションでどういう違いとなって現れてくるのか見てみよう。

ここでもパラメトリック解析で負帰還抵抗を100Ω、200Ω、400Ω、800Ω、1600Ωと変化させて、その場合の負帰還後の利得周波数特性を見てみる。






結果はこうだ。
勿論上から100Ω、200Ω、400Ω、800Ω、1600Ωの場合である。

なるほど、200Ωの場合でも既に高域にピークが現れはじめており、これ以上帰還抵抗を増やして帰還量を増やすのは妥当ではない、というシミュレーション結果だ。

これを見ると、No−139(もどき)その2(その1も同じだと思うが)ではクローズドゲイン設定26dbは限界だ。勿論このシミュレーションが実際に近いものであれば、であるが。結果、オリジナル139のように帰還抵抗を100ΩとしてNFB量を6db減らしてクローズドゲインを32db設定にするのがちょうど良いのだ。ということになる。

う〜ん、ちょっと出来過ぎの結果のように思えるが、本当のところはどうなのだろう(^^;




帰還量を減らすという方法もあるが、位相補正量を増して第1ポールを引き下げるという方法もある。
それがこれで、2段目差動アンプの位相補正Cを6pFにしてある。これで139(もどき)その2の位相補正Cを10pFにしたイメージとなる。



シミュレーション結果は下のとおりだが、
オープンゲインは低域で67dbと勿論同じだ。
が、第1ポール(位相が45°遅れる点)は11〜12kHzと上の場合(約23kHz)の半分となっている。
第2ポール(位相が135°遅れる点)は何故か7MHzである。
従って、いわゆるスタガー比は583である。
このため、負帰還を掛けても安全な帰還率はその半分で約290=49dbまでと大きく広がった。

従って、これであればクローズドゲイン10倍(20db)設定でも安定に動作する、ということになる。

これも出来過ぎたシミュレーション結果なのだが、本当だろうか?(^^;




ふ〜む、そうなのか。

ま、結果を信じるとしても、ちょっと終段ドライバーのCobの影響がシミュレーションではどういう結果になるのか知りたいぞ・・・。

2段目差動アンプのところの位相補正Cは元に戻して、またパラメトリック解析で終段ドライバーTRのB−C間のCを10p、30p、50p、70p、90pと変更した場合の利得、位相特性を見てみる。




ふ〜む、やはりこれが第2ポールのようだ。Cの値によってMHzオーダー当たりで位相が大きく動く。
そうなのかぁ・・・。Cobが数十pFでもOKなのかぁ・・・







では、終段パワートランジスタのCobはどう利くのだろうか。終段TRのB−C間Cの値をパラメトリック解析で10p、110p、210p、310pと変化させてシミュレーションしてみよう。



結果は、これだと第3ポールということになろうか。10MHz超オーダーの周波数帯域で影響が出ている。

なるほど、と言うべきなのだろうか・・・

こうしてみると、終段のドライバーTRやパワーTRのCobはそれほど問題ではないようなのだが・・・、果たして・・・





以上、評価版PSpiceの描くNo−139(もどき)その2の動作シミュレーション。

これが現実の状態に近いものなのなのか、はたまた遠いものなのか。は不明(^^;

(2003年1月14日)


初段の定電流回路にわざわざ貴重なTRを使う必要はなかろうに(−−)、そこに電流源シンボルを入れて2段目にカスコードを組み込みたまえ、とM−NAOさんからご指摘をいただいた。
な〜るほど。と早速そうしてみた。これだとほぼ我が139(もどき)その2である。

これでまたいくつかのテーマについてシミュレーションしてみよう。
先ずは2段目の位相補正Cもはずしてオープンゲインでのアンプ利得と位相の周波数特性を見てみる。

結果は下のとおりだ。

オープンゲインは低域で68dbと、何故か1db高くなってしまった。のは、2段目のカスコードの効果だろうか。

ま、それは良いとして、問題の第1ポール(位相が45°遅れる点)だが、これはやはり55kHz程度まで伸びている。のは同じく2段目のカスコードの効果でCobのミラー効果が遮断されたためだろう。が、残念ながらそれでも55KHz程度までしか伸びない・・・ということなのだ。こうなるとこれ以上に広帯域化(例えば100kHzまでフラットとか)を図るということはもはや悲観的だ。

さて第2ポール(位相が135°遅れる点)だが、こちらは何故か下に下がって1.7MHz程度である。
これまでのシミュレーション結果からすると、どうも第1ポールが上に上がると第2ポールが下に下がって、第1ポールが下に下がると第2ポールは上に上がる、という関係にあるようではないか。理屈は分からないが、これが一般の現象であるとすると広帯域化はなおさら難しいものであるということになるのだが・・・。

で、こうなるといわゆるスタガー比は31しかないわけだから、負帰還を掛けても安全な帰還率はその半分で約16=24dbまでであるので、このアンプは負帰還を掛けて使う場合、68db−24db=44db以上のクローズドゲインに設定する必要がある、ということになってしまうのである

逆に言えばオリジナル139等の32dbという比較的高いクローズドゲイン設定でも発振してしまうということだ。
結局頑張っても55KHzまでしかfcが伸びないのに、負帰還を掛けて安定に動作させるためには位相補正でそのfcを更に下げざるを得ないのである。fcを上に伸ばすということはかくも容易でないことなのだ。




2段目にカスコードを入れた効果を別の面でちょっと見ておこう。パラメトリック解析で負荷が2Ω、4Ω、8Ω、16Ωの場合のアンプ利得と位相の周波数特性をシミュレーションしてみる。


上のカスコードなしの場合と比較すると違いは一目瞭然だ。

2Ω負荷から16Ω負荷まで理論値どおりほぼ6db間隔で利得が増加している。カスコードアンプの付加で2段目差動アンプの出力インピーダンスが十二分に高くなったことの効果である。

だから我が家の139(もどき)達には2段目にカスコードを入れているのである。(^^)<ちょっと自慢



さて、このままではスタガー比が足りないのでこれを何とかしなければならない。

トラ技の記事では「安直な方法」と書いてあるのだが、それは要するに第1ポールと第2ポールを離す、すなわちスタガー比を大きくすることであるのだが、通常第2ポール以降をもっと高域へ動かすことは困難なので、第1ポールを低域へ動かすことになる。そのためには2段目差動アンプに例の如く位相補正Cを付加するのが最も効果的で経済的だ。ミラー効果のために小容量ですむのでSEコンでも抵抗感はすくない。

何故ミラー効果が働くかについてはいつか掲示板に書いたが、それは下図のQ14のコレクタの電位がアンプ出力とほぼ同じ電位で動いている(振られている)からである。そしてそれはQ7の入力と位相が逆であるから、結果その両端に繋がっているC4の5pFはミラー効果で概算10000pFのSEコンデンサーとして働くことになるのである。

そうするとシミュレーション結果は下のとおりとなる。
オープンゲインは低域で68dbと勿論同じだ。
5pFの位相補正の効果で第1ポール(位相が45°遅れる点)は15kHzに下がった。
やはり第2ポール(位相が135°遅れる点)は4.5MHzに上がっている。
従って、いわゆるスタガー比は300と大きく広がった。
よって負帰還を掛けても安全な帰還率はその半分で150=43.5dbまでである。だからこの場合24.5db以上のクローズドゲイン設定にすればOKとなる訳だ。

そうか。とすると我がNo−139(もどき)その2が位相補正5pF、クローズドゲイン26db設定で何故不安定になる場合があったのか分からなくなるのだが・・・ま、いいか(^^;



さて、トラ技2月号で「確実な方法」と書いてあるステップ位相補正でfc広帯域化に取り組んでみた。
初段に入っているR10とC9がそれである。
やってみると、K先生のステップ位相補正が毎回あまり脈絡もなくころころ変わっている理由も分かるような気がしてきた。
計算というより、現物合わせの試行錯誤で決まるといった感じなのである・・・(^^;

ま、もっとも良さげな組合せでのシミュレーション結果なのだが・・・

オープンゲインは勿論低域で68db。

第1ポールというか、位相が45°遅れる点は41〜42kHzだが、利得が−3dbとなる点で見れば50kHz超となっている。
この辺はステップ型位相補償が利く低域側で位相が早く回ってしまうための現象なのだろう。fcという目でみると50kHzであるから、まあこの回路では限界と思われるfcまで広帯域化できたと思う。

第2ポールを位相が135°遅れる点としてとらえるとそれは3.5MHzなのだが、高域側の位相を引き戻したステップ型の場合は、スタガー比を言ってもあまり意味がないだろう。

高域側での位相遅れが120°以内である範囲を出来るだけ広くなるように試行錯誤して得た結果がこれなのであるが、位相遅れが130°弱の範囲が2MHzまで伸びており、これによってクローズドゲイン32dbでもぎりぎり安定動作してくれないものか、と期待するのだがどうだろう。




そこで、NFBを掛けクローズドゲイン32dbでの利得周波数特性をシミュレーションした結果がこうである。
高域に2db程のピークが生じるが、この程度ならなんとか大丈夫なのではないだろうか。この程度の方が案外K式らしい音がするかも(^^;



(2003年1月17日)

驚いた。こんなことで広帯域ハイゲインTR完全対称型パワーアンプが可能とは。

理屈は後で書くことにして・・・

回路にはパワーTRに0.47Ωのエミッタ抵抗を加えただけなのである。



結果がこれだ。
パラメトリック解析で、利得のグラフは下から負荷2Ω、4Ω、8Ω、16Ω。位相のグラフは逆に16Ω、8Ω、4Ω、2Ω。

パワトラにエミッタ抵抗を付加しただけで8Ω負荷なら上で55KHzだった第1ポールが220KHzに伸びてしまった。




ステップ型位相補正の最適ポイントを探して次のような定数とした。


結果、8Ω負荷で
オープンゲインは低域で60db
fc−3dbポイントは75KHz
2MHzまで位相遅れ−120°以内
という広帯域ハイゲインの特性が得られた。


これに負帰還を掛けて、


利得のグラフは上から負帰還抵抗100Ω、200Ω、400Ω、800Ω、1600Ω。
位相のグラフは逆に上から負帰還抵抗1600Ω、800Ω、400Ω、200Ω、100Ω。
利得のグラフで負帰還抵抗400Ωでも高域でのピークは1dbにおさまっており、これならクローズドゲイン20.5db設定でも安定動作するのではないだろうか。





パワーTRにエミッタ抵抗を入れることによって高域特性が改善されることが分かった。
が、何故改善されるのだろうか。逆に言うとパワーTRのエミッタ抵抗を取ってしまうと何故高域特性が悪化するのだろうか。
139(もどき)でエミッタ抵抗を廃して音が良くなったなんて悦に入っている身としては実に気がかりな事実だ。

シミュレーターの電流プローブの出番のようだ。
K先生が昔仰ったとおり、回路内の対アース電圧ばかり測っていては見えてこないものもあるのだ(^^;

という訳でもないのだが、先ず、電流プローブを上下のパワーTRのベースに取り付け、周波数によってパワーTRのベースに流れる電流がどう変化するのかを見てみよう。

最初はパワーTRにエミッタ抵抗0.47Ωを付けた場合である。

下の回路図には各部の電流値も表示してみた。この電流値は入力0のアイドリング状態でのものである。なんとも便利なシミュレーターだ。






結果はこのようになった。
まずもって縦軸の電流値が現実にはありえないだろう!ベース電流が3Aも流れる筈がないではないか!と思われるかもしれないが、実はこれでも問題ないのだ。(下で説明する。)
ということで、絶対値は無視して頂きたい。

さて結果だが、
なんと、数KHzあたりから周波数の上昇とともにベース電流が増加しはじめ、10KHz台からは急激に増加して約550KHzでピークとなり、その時の電流値は低域での7倍以上に達している。そしてその後は減少に転じ0に向かっている。

という驚きのシミュレーション結果だ。
これだけでもビックリだが、エミッタ抵抗が付いていてもベース電流は増加するのだなぁ・・・

で、どうもこれがTR式完全対称型パワーアンプの高域限界を決定しているものらしいのである。




これは上のグラフの縦軸をログモードにしたもの。



次はパワーTRのエミッタ抵抗なしの場合である。


この場合でも数KHzあたりからベース電流が増加しはじめ、10KHz台からは急激にベース電流が増加していることはエミッタ抵抗ありの場合と同じである。

が、そのピークを迎える周波数は少し下がって300KHzぐらいだろうか。そしてその時の電流値はエミッタ抵抗ありの場合と同じだが、低域での電流値との倍率は9倍となっておりエミッタ抵抗ありの場合(7倍)より大きくなっている。

この倍率の違い自体は、エミッタ抵抗による電流帰還効果でパワーTRの電流増幅率が下がることによるものだろう。と思われる。

が、では何故ピーク周波数が下がってしまうのか?
これが何故ピークが発生するのかと同様に問題なのだ。

これは上のグラフの縦軸をログモードにしたというだけ。


パワーTRのCobは本当に犯人ではないのだろうか?

と、確認のためにパワーTRに外付けのCを0.1pFにしてみた。


やはりパワーTRのCobが問題なのではない。


探索の範囲を広げる必要があるようだ。

ドライブTRのベース電流、パワーTRのベース電流、パワーTRのエミッタ電流を一挙に見てみよう。

まずはパワーTRのトラエミッタ抵抗あり(0.47Ω)の場合


3種の電流値を読みやすくするために縦軸もログ表示にしてある。

一番上がパワーTRのエミッタ電流値、真ん中がパワーTRのベース電流値、一番下がドライブTRのベース電流値だ。

線が3本しかないよいうに見えるが、超高域を見ると分かるように実は6本である。上下のTRのそれぞれの電流値が殆ど同じなので重なっているのである。

余計な話しだが、終段上下の動作はこれほどまでに一致しているのである。これを見ても終段上側パワーTRはエミッタフォロア動作でこのアンプは対称動作ではない、とY氏は言うのかなぁ(^^;



という点はどうでもいいのだが、これはなかなかに興味深い結果ではないだろうか。

一番上のパワーTRのエミッタ電流の周波数特性は、このアンプの出力電圧特性と同じではないだろうか・・・って、まぁ、それは当然と言えば当然だ。この電流が負荷抵抗に流れて電圧特性を形成する訳だし、パワーTRの前にあるポールで周波数特性が規定されてしまっていれば終段もそれに従うのが当然だからだ。

10KHz超からパワーTRのベース電流が増えピークを迎えて減少に転じるが、なんとこれとシンクロしてドライバーTRのベース電流も同様な変化をしている。

パワーTRのエミッタ電流とパワーTRのベース電流の比はそのままパワーTRのHfeの周波数特性を現すもののはずだ。またパワーTRのベース電流は≒ドライブTRのエミッタ電流だから、パワーTRのベース電流とドライブTRのベース電流の比はドライブTRのHfeの周波数特性を現すことになる。

ということは・・・、
パワーTRのエミッタ電流とベース電流は7MHz付近で同じになってしまっているが、これはここでパワーTRのHfeが1になっているということである。すなわちここがこのパワトラのトランジション周波数fTだ。ということだろう。
規格上このパワーTRのfTは3MHzだが、fTも固定的なものではなく電圧・電流値で変動するもののようだからこれでも不思議なことではないのだ。

同じことがパワーTRのベース電流(≒ドライブTRエミッタ電流)とドライブTRベース電流の関係で言える。

その比がドライブTRのHfeであるが、ここでその周波数特性が読みとれる訳だ。すなわちドライブTRのHfeは1MHzぐらいまでは一定だが、それ以上ではHfeが減少しはじめ、大体100MHzでHfe=1となっているから、ドライブTR=C1815のfTは100MHz程度だ、ということになるのだ。果たして規格ではC1815はfT>80MHzだ。ピッタリではないか。

う〜ん。こうしてみると、TR式完全対称型パワーアンプの周波数特性は、パワーTRやドライブTRのCobによる時定数というより、パワーTR自体のfT(&そこに至るまでのHfeの減少による増幅能力の低下)に基本的に規定されている。といった感じだ。

さて、では問題のパワトラベース電流のピークはどうして生じるのだろうか?
それはパワトラ入力インピーダンスが高域(約10KHz以上)で低下するからと言う以外にない。と思われる。

パワトラ終段の入力インピーダンスをRbとすると、エミッタ抵抗をReとして、
Rb=Hie+(1+Hfe)Re
であるから、Rbは仮にHieが一定値であってもHfeの高域での低下とともに低下する。

このためドライブTRはパワーTRの求め(Rb低下)に応じてベース電流を増加させることになる。これが高域でのパワーTRのベース電流増加のメカニズムだろう。

そして、それは周波数と共に限りなく増加しようとするのであるが、ある周波数になると今度はドライブTR自体のfT(&そこに至るまでのHfeの減少による増幅能力の低下)がやってくる。

そのためパワトラのベース電流(=ドライブTRのエミッタ電流)とドライブTRのベース電流はある周波数からは電流が減少に転じる。

これがこれらの電流値の周波数特性に高域ピークが現れるメカニズムだ。

という推測が成り立つ測定結果だ。


本当だろうか?

上のグラフの縦軸の電流値を見れば完全に最大定格を超えた状況でのシミュレーションで、現実にはそんな電流は流せない。こんなシミュレーションは信頼できない。ということにもなるので実際のアンプで流せる電流範囲でシュミレーションしてみなければならないだろう。

と、どうしてこんな電流値なのか?と考えれば、電圧利得が簡単に分かるように入力に1VAcを加えているからだった。(^^;

ので、入力電圧を下げて現実に近い電流値にして同様のシミュレーションをしてみる。



結果は・・・、同じである。
どうも上のシミュレーション結果と寸分の違いもなさそうだ。

実はこの電流値域でもこういう結果だ、という点にもそれなりの意味がある。まず、パワーTRとドライブTRの高域でのHfeの低下とfTがTR式完全対称型パワーアンプの高域限界を基本的に規定しているに違いない。ということになるのだ。さらに・・・




次は、パワーTRのエミッタ抵抗をなくした場合だ。

2段目差動アンプやドライブTRの電流不足という問題が絡まないように最初から小入力でシュミレーションする。(実際は1VAC入力でも上の場合と同様に同じ結果が出るのだが)




結果はこうだ。

パワーTRのエミッタ電流の低下が約20KHzからとエミッタ抵抗0.47Ωを付加した場合より1桁低い周波数からはじまっていること以外は、エミッタ抵抗を付けた場合と違わないようだ。

一番上のパワーTRエミッタ電流の周波数特性は、エミッタ抵抗レスの場合の出力電圧特性と同じだ。上では、それはパワトラ以前のポールで周波数特性が規定されてしまっていれば終段もそれに従うのが当然だ、としたのだが、この二つの特性図を合わせて考えた場合、このパワーアンプの高域特性を規定しているのは終段の前にあるポールではなく、最早終段部以外にはないということになる。

しかもそれはドライバーTRではなく終段パワーTRだ。と、考えるべきだろう。
何故か?
10KHz超からパワーTRのベース電流が増えピークを迎えて減少に転じ、これとシンクロしてドライバーTRのベース電流も同様な変化をしているのはエミッタ抵抗ありの場合と同じであるし、パワーTRのHfeが1となるfTが7MHzであること、ドライブTRのHfeが1となるfTが100MHz程度であることもエミッタ抵抗ありの場合と同じだからだ。
ドライブTRとパワーTRのベース電流部分まではエミッタ抵抗ありの場合と同様に動作しているのに、パワーTRのエミッタ電流だけがより低い周波数から減少に転じているのだから、そう考えるしかあるまい。




そこで、問題はパワーTRのベース電流増加のメカニズムである。

パワーTRの入力インピーダンスをRbとするとエミッタ抵抗をReとして、
Rb=Hie+(1+Hfe)Re
であるから、エミッタ抵抗Reがない(0Ω)場合
Rb=Hie
なのである。

ここではNFBを掛けていないからアンプ出力は入力に追従することを要請されていない。したがって終段パワーTRはエミッタ電流が減少(=出力電圧減少)してもドライバーTRがそれを補うべくベース電流を増加させる、というメカニズムは働かない。だからこの場合にパワーTRのベース電流が増加する理由は、パワーTRのHieが高域で低下するから、と考える以外にない。のだ。

ここまでの結果から、

パワートランジスタは高域でHie及びHfeが共に低下する。
それがパワトラの高域限界を規定している。

ということまでは分かった。と言えるだろう。

ということで結論にしたいところだが・・・、

では何故エミッタ電流の低下がエミッタ抵抗なしの場合より低い周波数からはじまるのだろうか。
これが問題なのだ・・・


であれば、パワーTRのベース抵抗を変化させることによって何か見えてくるのではなかろうか。
って、パワーTRの周波数特性に関係しそうなものはもうこれぐらいなのだ(^^;

パラメトリック解析でパワトラベース抵抗を25Ω、50Ω、100Ω、200Ωとした場合にベース電流とエミッタ電流がどうなるか解析してみる。




上からベース抵抗を200Ω、100Ω、50Ω、25Ωとした場合のエミッタ電流であり、ベース電流である。

なんと、パワーTRのベース入力部分に時定数がある。ではないか!えぇぇぇ!(驚)



いや、そりゃぁあるけど、パワーTRのCobが利くのは10MHz超の超高域だったはずでは???

そこで試しにパワーTRB−C間にCob代わりに外付けした100Pを500pに増やしてみたのだが、やはり変化がない。
のでこの時定数を規定しているCはこれではない。

では何だ???

う〜む、ふ〜む。ということは、これがM−NAOさんおっしゃるパワーTRのHieの疑似ポールということになるのだろうか。


が、電流値から分かるとおり、パワーTRのHieは低下しているものの、スルーレートは十分な範囲でのシミュレーションであり、ドライバーの電流供給能力が追いつかないために発生しているものとはちょっと考えにくいのだがなぁ・・・


と、しばし悩みに悩んで・・・やるに事欠いて関係ないとは思いつつもドライバーTRのB−C間にCob代わりに付けていたCを取り去って同様のシミュレーションをしてみたのだった。

なにぃいいい!!??

パワーTRのエミッタ電流周波数特性が高域に伸びている・・・(唖然)




確かめるためにこのCを300pFと極端に大きくして同様のシミュレーションをしてみた。


これは本物だ。
ドライブTRのCobとそのエミッタ抵抗(=パワーTRベース抵抗)が時定数を形成している。うっそぉうぅう(^^;
そんなこと、聞いたことも見たこともないぞぃ

が、事実なのだ。



と、思ったが、このグラフを良く見よう。勿論一番上のグループがパワーTRエミッタ電流、真ん中のグループがパワーTRのベース電流(≒ドライブTRのエミッタ電流)、一番下がドライブTRのベース電流だ。
それぞれ上からパワーTRのベース抵抗が200Ω、100Ω、50Ω、25Ωの場合なのだが、

なんと、ベース抵抗が大きくなるほどにパワーTRのベース電流の増加が少なくなり、ベース抵抗100Ωと200Ωでは逆に減少している。だけではなく、ドライブTRのベース電流は20KHzあたりからどれも減少しているではないか。

これはどのように解すべきものなのだろうか。

@ ドライブTRのCobによるポールが明確に姿を現しただけである。
A 2段目差動アンプの動作電流値やその高い出力インピーダンスのためにドライブTRの入力部分でのスルーレートが足りず、そのCobが大きくなるほどにベース電流の供給能力を奪われる結果、必要なベース電流が流せない。従って、エミッタ電流も増加できない。場合によっては逆に減少してしまう。このため、パワーTRのエミッタ電流は低い周波数から減少してしまう。
B @とAが複合しているものである。
C @とAは同じ現象を角度を変えて言っているに過ぎない。
D @もAも的はずれである。



考えるために幾つかシミュレーションしてみる。

これはドライブTRのベース抵抗を150Ωにしたもの。そのB−C間Cは300pF。
当然2段目の動作電流は増えて9mA弱になる。



ベース抵抗330Ωに比べてやはり特性は高域に伸びて広帯域になっている。





これは同様の状態(ベース抵抗150Ω)でドライブTRのB−C間C=30pFとしたもの。
さらに広帯域となっている。




さらにB−C間の外付けCを取り外した場合。
やはり一層帯域が伸びる。


まあ、2段目の電流も考えるとドライブTRのベース抵抗は100Ω位が限界ではなかろうか。
これでドライブTRB−C間C=0でそのベース抵抗25Ω、50Ω、100Ω、200Ωでの特性をみる。


抵抗値が低い方が特性は良くなるのだが、50Ωが限界ではないかなぁ



この状態でアンプ利得と位相の周波数特性を見てみよう。



結果は下のとおり。
オープンゲインは低域で63db。
第1ポール(位相が45°遅れる点)は120kHzと広帯域だ。
第2ポール(位相が135°遅れる点)は2.3MHzである。
従って、いわゆるスタガー比は20しかない。
このため、負帰還を掛けても安全な帰還率はその半分で10=20dbまでである。

従って、63−20=43dbなのでクローズドゲインは43db以上に設定する必要がある。

やはり第1ポールを上に上げても第2ポールが近すぎて上手くない。終段TRの特性がもう1桁伸びないとそもそも難しいのだ。


(2003年1月18日)